消えてしまった絶叫地!? ヤセの断崖
石川県の中能登にある風光明媚な景勝地といえば、ご存知「能登金剛」ですが、そんな能登金剛にあって、絶叫地!?として知られていた場所が、ここ 『ヤセの断崖』です。能登金剛最大の見せ場であり、日本海の荒波の浸食により切り立つ断崖の岩肌が様々な造形美を見せる、実に眺めの良い場所でした。
同じく能登金剛の見せ場のひとつである「増穂浦海岸」とは、180度その様相が異なるこのヤセの断崖は、松本清張の推理小説『ゼロの焦点』で一躍有名になった場所で、高さ35mの断崖絶壁は、いつ来ても一瞬足がすくむ場所となっていました。
一説には、その先端に立って海面を見下ろすと、身もやせる思いがする…というところから、ヤセの断崖と言われるようになったとされていますが、このヤセの断崖の先端に立って海を覗きこんだ時の気分は、ここならではといった感じのとても冷ややかなものでした。
そんなヤセの断崖でしたが、ご存知のように2007年3月25日に発生したマグニチュード6.9 震度6強という能登半島地震により、幅10mにわたってスッポリ先端が崩れ落ちてしまいました。
もうあの場所に立つことが出来なくなった…ということも残念でしたが、動物や建築物ならずとも、いつでも見られると思っていた自然の景観であり一観光地が、ある日突然消えてしまうということが起こりうることに、非常にショックを受けました。
歳を重ねていけば人生いろんなことが起き、想定外の事も多々あるわけですが、こうして能登半島を代表する観光スポットのひとつが、突然姿を変え魅力を失ったということは、個人的に想い出のある場所だっただけにとても残念なことでした。
もうひとつの名所
ヤセの断崖は、断崖絶壁から海を覗いた後に、ちょっとひいた先端を望む場所から眺めてみると、あそこに立っていたのか…と、また違った驚きを感じる場所でした。その驚きは、海を望んだ時の恐怖感とは異なり、どちらかといえば不安感みたいなものでした。
ヤセの断崖の先端は、岩とはいえポツンと突き出たものであり、いつ崩れてもおかしくないような、大勢押し寄せてきたら崩れてしまいそうな感じがする場所で、今思えば大地震で崩壊してもおかしくないところでした。また、ひょんなことから誤って海に落ちてしまいそうな、そんな気にもさせる場所でした。
実はヤセの断崖は、こういう場所にありがちなことですが、自殺の名所となっていて、先端に向かってのびる遊歩道を進むと傍らには、自殺を思いとどまらせる為の「遊歩道引き返す事も又人生」「自殺する勇気があるなら生きてみろ!」などの標語が次々と現れ掲げられていました。
これまた異様な光景だったのですが、過去に『ゼロの焦点』の原作を読んだ若い女性が、失恋の果てにこの作品の舞台となったこの地で身を投げたこともあり、後に松本清張氏もここを訪れその女性を想い詠んだ歌が、今も歌碑として残されています。
変な意味で納得できる場所でもあり、昔は自由に出入りできたこの先端も、このような事情もあり最近では柵が一応つくられ行きにくくなっていました。とはいえ、ほとんどの方がスルーしてしまっていたようで、実際のところは皆さん先端へと行っていたようです。
それにしても、福井の東尋坊にしろこのヤセの断崖にしろ、北陸の海岸沿いの崖地は何か冷たい感じが漂っているのはなぜでしょうか? やはり火曜サスペンス劇場などの影響でしょうか…。
義経の舟隠し
そんなヤセの断崖のすぐそばに、源義経が能登沖で激しい嵐に遭い48隻の舟を隠したという伝説が残る「義経の舟隠し」があります。通説では、源義経一行が奥州平泉に下る際に、この能登の地を通ったとされていますが、実際には記録としてはっきりと義経の名が残っているわけではありません。
しかしながらこの能登半島には、今も数多くの義経伝説があちこちで語り継がれています。義経にまつわる名所も数多くあり、このことが逆に北陸ルートで奥州入りしたのでは…という、義経伝説を浮かび上がらせている気もします。
この「義経の舟隠し」もそんな伝説の1つですが、実はこの入り江、幅が2mくらいしかなく、どこにそんな48隻もの舟を!?と思いきや、訪れてみると奥行きがかなりある入り江となっており、見れば成るほど~と、思わず納得してしまうような入り江となっています。義経の機転のよさにも脱帽ですね。
カルスト地形特有のドリーネ
そんな「義経の舟隠し」からしばらく歩くと、日本海に突き出た「関野鼻」があります。関野鼻の先端には、三方を海に囲まれた見晴しの良い展望台があります。
この展望台からは、ぐるりと能登金剛の広大かつ変化に富む海岸線の景色が見て取れます。日本海の荒波によって削られた岩礁と珍しい奇岩の数々は、カルスト地形特有の美しさであり、まさに能登金剛の名に恥じない、すばらしい景色がここにあります。近くの岩礁を見るも良し、遠く入り組んだ海岸線を眺めるのもまた良し!といった感じの風景が、この展望台からは楽しめます。
そんな関野鼻ではドリーネと言われる、山口県の「秋吉台」なんかでよく見られる、石灰岩地域特有のすり鉢状の窪地があちこちで見られます。とても特徴的なその穴の中には、波によって運ばれてきた小魚やカニなどがいたりしますので、ちょっと覗いてみるのも楽しいです。
またこの関野鼻の近くには、これまた義経一行が刀の試し切りをしたと伝わる「義経一太刀岩」「弁慶二太刀岩」や、「かぶと岩」などの奇岩があります。見事なまでにスパッ!といった切断面を見ると、奈良の「一刀石」を見た時も同じことを感じましたが、伝説の世界の話とわかっていながらも、さすが義経!なんて思ってしまいます。となりの弁慶の方も、負けてはいませんが…。
能登半島の風光明媚な海岸線を巡る旅、残念ながらヤセの断崖はかつての姿を失ってしまいましたが、能登金剛のすばらしい景観はまだまだ魅力的なものですし、能登半島に残る義経ゆかりの名所・旧跡を巡ってみるのもいいかもしれません。
ヤセの断崖の魅力が半減しても、能登には魅力があふれており、能登らしい風景を楽しみに是非足を運んでみてください。