世界三大土柱
日本列島を旅していると、思わぬところで凄い光景に出くわすものですが、“日本にいながら日本で無い場所”といった感じで、ちょっと現実からトリップ出来るところが、香川県との県境に近い徳島県の阿波地方にあります。
吉野川沿いを東西に走る、徳島自動車道の阿波PAのすぐ北側に位置し、イタリアの「チロル地方」、アメリカの「ロッキー山脈」の土柱と並び『世界三大土柱』と言われるその場所が、「阿波の土柱」(あわのどちゅう)です。
「秋吉台」や「鳥取砂丘」で感じた、スケール感のある"日本にいながら日本で無い感覚"とまではいきませんが、この阿波の土柱の眼前に広がる光景は、紛れも無く今まで目にしてきたことのない光景であり、実に不思議な感覚に襲われます。
国の天然記念物 阿波の土柱
阿波の土柱と聞いて、土柱とはなんぞや?…と思われた方も多いかと思います。土柱とは、河川や海岸部などでよく見受けられる小高い丘陵地である段丘礫層(だんきゅうれきそう)が、時間の経過とともに風雨にさらされ侵食され柱状になったもので、砂の層と礫の層の侵食度合いの違いから、このような形状となったものです。
この阿波の土柱は、もともとは今から約130万年前に、吉野川の川底に砂礫が堆積して生まれた扇状台地だったのですが、地殻変動により段丘礫層となり、その後侵食が進んでいきました。
土柱高越県立自然公園内にあるこの阿波の土柱は、千帽子山にある「波濤嶽(はとうがだけ)」「扇子嶽」、それより西の高歩頂山(たかぶちょうやま)にある「橘嶽」、さらに西に行った円山(まるやま)の「燈籠嶽」「不老嶽」「筵嶽」(むしろだけ)の三山六嶽を総称して呼ぶもので、この中で特に有名なのが波濤嶽で、1934年5月1日に国の天然記念物に指定されています。
南北約90m 東西約50mにわたるこの波濤嶽の土柱は、それは見事なものであり、遠目での景観といい、真下から見上げての迫力といい、まさに奇勝と言える眺めです。
中には高さ18mにも及ぶ土柱の記録も残っており、今尚侵食を続けるこの阿波の土柱は、遠い遠い未来には巨大な土柱となっているかもしれません。
歌に詠まれた波濤嶽
この阿波の土柱が、歴史の表舞台へと登場したのは、道沿いに建つ石碑によると、奈良~平安初期を生きた菅原清公(すがわらのきよきみ/すがわらのきよとも)公が、この阿波の土柱の波濤嶽を見て詠んだ歌がはじめのようです。
菅原清公と聞いても、ピンと来ない方も多いかと思いますが、この菅原清公は、あの太宰府天満宮や北野天満宮など、全国の天満宮で天神様として祀られている菅原道真公の祖父にあたる人物で、道真公同様、文章博士・大学頭にして遣唐使や従三位になるなど、文学の世界から政界へと幅広く活躍した人物です。
その菅原清公により、波濤嶽が歌に詠まれたことから、800年頃にはその存在が知られていたようです。
その後は、長らく特に採り上げるべく歴史的記述は残されていないようですが、明治時代も終わりに近づいた1903年に、当時小学校の校長をされていた柏木直平氏により、徳島日日新報に土柱が奇勝と紹介され学術的に注目を集めると、徳島師範学校で地理の教鞭を執っていた尾崎一雄氏が詳しい地質調査を行い、「阿波の土柱」という名とともに学会に報告し、広く世間に知られることとなりました。
一部では『世界三大奇勝』とも言われていますが、こちらの方は群馬県の「鬼押出し」や福井県の「東尋坊」なども三大奇勝を謳っており、阿波の土柱が三大になるかは定かではありませんが、いずれにせよ日本においてはこのような規模での土柱はここだけしか見受けられないわけで、奇勝であることに変わりはありません。
意外にアクセスの良い阿波の土柱
この阿波の土柱は、説明書きで「ロッキー山脈と並び…」などと書かれるため、山岳地帯の山奥に位置し、この光景を目にするためには相当の苦労を要するイメージですが、実はごくごく普通の町のちょっとはずれに位置しており、車をとめ2~3分もしないうちに目にすることが出来ます。
道路沿いの駐車場からは、遊歩道が二手に分かれており、左手を上って行けば展望台に、右手に進めば土柱を下から望む場所にたどり着きます。また右手奥には、身体障害者専用駐車場も設けられており、どちらもアッと言う間に着きますので、子供からお年寄りまで容易にアクセスできるのではないでしょうか。
またこの阿波の土柱は、前述の通り徳島自動車道 阿波PAのすぐ北側に位置していますので、阿波PAに車をとめても、歩いて10分足らずで見に行くことができます。
徳島を縦断して、高知や愛媛に向かう際には、休憩がてらちょっと足を延ばして、阿波の土柱を見に行ってみてください!
わざわざつくるのは、バカらしいもんな。
そんな阿波の土柱には、1956年10月に、あの裸の大将で知られる画家の山下清も訪れており、実に山下清らしいコメントを残しています。
徳島で行われた自身の展覧会の折に、この阿波の土柱を訪れ、スケッチを行った際に漏らした言葉なのですが、この時の模様を記事にした徳島新聞の紙面には、
「これ、人間がつくったのとはちがうんだろうな。わざわざつくるのは、バカらしいもんな。」
との山下清の言葉が記されています。
私は地元が山下清ゆかり地であったため、小学校の頃よく画伯の絵やお話を聞かされましたが、実際のイメージとしては、やはり芦屋雁之助(あしやがんのすけ)さんのドラマの印象が強いわけで、実際の人物像がドラマの印象と同じであるか否かはわかりませんが、少なくとも私の中では、この阿波の土柱に対する山下清のストレートな感想は、実に山下清らしい表現に思えます。
サスペンスドラマの舞台に!
「世界三大土柱」にしては、あまりにも世間一般に知られていない感のする阿波の土柱ですが、実は知らず知らずに目にされている方も少なくないのではないでしょうか。
そういう私も現地を訪れ、阿波の土柱を目の当りにしてピーン!ときた一人で、雄大な景観を仰ぎつつ、テレビドラマのワンシーンが頭の中を駆け抜けました。
実はこの阿波の土柱は、サスペンスドラマでのクライマックスシーンや、崖から転落するシーンなどで幾度か登場している場所で、内田康夫氏原作の人気ドラマ『浅見光彦シリーズ』にも登場しています。
自分がなぜピーンときたかと言えば、仕事柄今まで見たことが無い日本の珍しい風景は、ストーリーよりも気になり頭に残る方なわけで、それですぐにピーンときて一致したのかと。今この記事を読まれている方の中にも、同じように写真を見てピーンときている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
それにしても「ヤセの断崖」もそうですが、サスペンスドラマには崖がつきものですよね。
生きた名勝地
徳島県の観光と言うと、「阿波おどり」や「大歩危峡」などに目が行きがちですが、地元でもこの阿波の土柱のさらなる観光資源化を目指し、展望デッキや遊歩道、330坪の芝生広場と20種類の遊具を備えた「土柱そよ風広場」などの整備を行ってきました。
また近くには、ラドン温泉が自慢の宿泊施設がいくつかあり、独特の湯浴みが人気を呼び、観光だけでなく出張で利用される方も少なくないようです。
現在も侵食により崩れていくものもあれば、新たに生まれていく土柱もあり、徐々に場所を移しつつその姿を留めている阿波の土柱。まさに生きた名勝地であり、時代を超えて生き続けるこの阿波の土柱に、あなたも訪れ"日本にいながら日本で無い感覚"を味わってみませんか。